March 8, 2010
July 21, 2009

いや、むしろ、そう訴えることで、世界中で寡占が進行しているメディア産業に対して、カウンターとなる新しいプレイヤーの参入を募る方向にお金を動かしたい、というのが本音だったのではないか。

そういう意味で、今回のMatthew君のレポート発行は、シティのバンカーの老獪な振るまいだったのではないかと思う。

「テレビも広告も電話もTwitterもいらない!?」 15歳イギリス人高校生のモルガンスタンレー・レポートの反響 | JOURNAL | FERMAT (via uncate)

無料、アーカイブ利用、まさに図書館的志向。創造につながるのかが?


July 8, 2009

「人が動かない理由」

には以下の4種類があることに気づきます。

1 知らない(現状を実感として把握していない)

 内部にいると、厳しい現状でさえ日常になってしまい、危機感を失っていた。

2 責任を取りたくない

 賛意を表明してしまうと、失敗したときに自分の立場が悪くなるから。
 現場での協力はするが、賛成はしないという人もいた。

3 めんどくさい

 現状を変えるのが面倒なので、あれやこれやと、
 うまくいかない理由を挙げてやらないで済まそうとした。

4 あなたが嫌い

 改革着手当時は20代とまだ若く経験も浅い漆氏、
 校長の娘という立場を盾に、偉そうなことを言っていると感じる人がいた。


漆氏は、それぞれの理由について、
次のような工夫で乗り越えていったそうです。

1 知らない(現状を実感として把握していない)

 外部から見たらどんなに厳しい状況なのか実感してもらうため、
 外の人に会いに行く時、同僚たちにも同行してもらった。

2 責任を取りたくない

 学内の様々な改革プロジェクトチームにおいて、
 漆氏が「私が責任を取るから!」と、いわば皆の「風除け」になることを明言した。

3 めんどくさい

 できない理由を挙げる人は、漆氏とは「違う絵」を見ていた。
 漆氏は、改革がうまくいった時に、生徒が喜んでいる「ゴール」のイメージを描いていたのに対し、
 動かない人たちは、そのプロセスで遭遇するであろう、さまざまなトラブルや障害をイメージしていた。

 つまり、人によって、ゴールorプロセス、
 あるいは成果orリスクのどちらか一方しか見ていないことがあるということ。

 そこで、漆氏は相手の見ている絵がどんなものかを聴き、
 一方、漆氏は、自分見ている絵がどんなものかを相手に伝えた。
 こうして、お互いの見ている絵を交換することで、改革に対する理解と行動を促した。

4 あなたが嫌い
 
 わずか5分でもいい、改革に関わる簡単な仕事を頼み込んでやってもらう。
 そうすると視点が変わり、主体者意識が出てくる。
 こっち側に一度でも連れてくれば、漆氏は嫌いな対立者ではなく、同じ改革に取り組む仲間になる。

http://www.mindreading.jp/blog/archives/200907/2009-07-03T1203.html (via tamariba) (via nakano) (via petapeta) (via kml) (via vmconverter) (via otsune)

July 7, 2009

「裸の王様」の裸を指摘したのは、永遠の素人、子供である。

「プロにお任せ」の時代は終わった:夢幻∞大のドリーミングメディア - CNET Japan (via dannnao) (via takaakik) (via mitaimon)

考える人とは、空間的に全体を客観的に捉え、時間的にも将来への展望を持ち、それに沿った行動に責任を取る。ところが、考えない人はいずれもが欠けている。

①自分勝手の論理(客観性の喪失)

②明日のことを考えない(展望の喪失)

③自分が何をしなければならないのかを考えない(責任の喪失)


July 6, 2009

森永製菓の「エンゼルスィーツ/Angel Sweets」は、2000年5月に指定商品第30類「菓子およびパン」などで商標登録されていたが、その後、宝フーズの「天使のスィーツ」が、2008年7月に同じ指定商品で商標登録された。このため、森永側が、宝フーズの商標登録無効を求めて、2008年9月に特許庁に審判請求したが、特許庁は2009年1月、この請求を退けたため、知財高裁に審決取消し訴訟を提起していた。

  知財高裁の滝澤孝臣裁判長は、「二つの商標の外観、呼称は相違するが、生じる観念は同一で指定商品も共通なので、出所について誤認混同の恐れがある」と判断、「両商標は類似ではなく、誤認混同の恐れはない」とした特許庁審決を取消す判決を下した。

エンゼルスィーツと天使のスィーツは同観念、商標訴訟で森永勝訴 2009/07/03(金) 14:52:17 (via yellowblog) (via otsune)

そもそも異性交際という言葉は、落ち合ってすぐラブホ直行のようなものだけを指す言葉ではない。確かに性交を目的としない、ただのデートも、異性交際と言うには違いない。一方、この法律が規制したいと思っているところは、児童売春・買春である。こちらはモロに性交およびそれに準ずる行為を目的としたものだ。この2つを合体させると、「とにかく理由目的に限らず知らぬ者同士の男女が出会う可能性のあるありとあらゆるものを規制」、という珍妙なことになってしまうわけである。

これはどう考えても、法文内で使われる文言の選び方がまずい。こういうことになると誰も予想しなかったのか、あるいは誰かが恣意(しい)的にこういう表現にしたのか。これによって、法の運用上そのスロットルを警察が自在に握ることが出来る、典型的な悪法となってしまったわけである。

小寺信良の現象試考:暴走するネット規制 、あるいは「ネットで婚活」終了のお知らせ (1/2) - ITmedia +D LifeStyle (via burnworks)